黒衣の老人
何か新な刺激に出會うことを期待して、
日本各地を旅することにした俺は、その日山口県の萩の町へと來ていた。
江戸時代長州藩の藩士が暮らしていた萩は、當時の古い町並みが殘された靜かな町だ。
そんなことを蟬の鳴き聲に囲まれながら、
目的もなく歩いていた俺はふと前方を歩く奇妙な老人に気づいた。
その老人は真夏にも関わらず黒のコートに黒の帽子という姿だった。
それ以上に妙だったのは俺以外の人間が誰もそのことに気を留めず、
また老人の週囲がまるで陽炎のように歪んだ見えたことだ。
俺は信じにそこが追い求める面白いことがあるのを感じ取った。
老人はそれだけ異質で、現実とかき離れて見えたのだ。
気づくと、俺は引き寄せられるように老人の後を追っていた。
土塀に囲まれた城下町の風情を殘す路地を歩き、
やがてたどり著いたのは高杉晉作生誕の地、と記された石碑の立つ一軒の古い武家屋敷の前だった。
「高杉晉作」
それは150年前に起こった明治維新の立役者の一人であり、
長州藩が幕府の攻撃で存亡の危機に瀕した時に、
彼の創設した奇兵隊とともに、そのピンチを救った人物の生家だった。
老人の目的はこの屋敷を訪れることだったのだろうか。
拍子抜けしながら、俺が見守っていると、
門扉が閉まっているにもかかわらず、老人は屋敷の前へゆっくりと歩みを進めていくではないか。
その瞬間だった。
そこに忽然と光が放つ扉が現れたのだ。
「あった、いったい」
あまりにも不可解な情景に思わず、
聲を上げてしまい、老人がこちらを振り返る。
剎那、鋭い眼光に吸い込まれてもしたかのように、
俺は意識を失っていた。